果物売り場が秋の色に変わるこの時期、ぶどうや柿、栗を買って帰ったら、食べる前に一つだけお皿に残してスケッチブックを開いてみてください。
秋の果物は、デッサンの題材としてとても優秀です。形がシンプルで輪郭に迷いにくいうえ、表面のツヤ・ざらつき・粉っぽさと、質感のバリエーションが一つのかごの中にそろっています。そして色鉛筆と決定的に違うのは、色を一切使わないこと。紫も朱色も茶色も、すべて黒から白までの濃淡に置き換えるしかありません。不自由に思えますが、この不自由さがいちばん目を鍛えてくれます。色に頼れないぶん、光がどこから当たって、どこがいちばん暗いのかを、いやでもじっくり見ることになるからです。
ぶどう——粒の重なりは「隙間の黒さ」で決まる
ぶどうがぺたんと平たく見えてしまうとき、原因はたいてい粒そのものではなく、粒と粒の隙間にあります。ここが絵の中でいちばん黒い場所です。4Bを立てて、隙間だけを思いきり暗く落としてください。そのとたん、まわりの粒が前へ押し出されるように浮き上がります。
粒の表面は2Bで、球のカーブに沿った方向にハッチングを重ねます。線の向きを丸みに沿わせるだけで、面が回り込んで見えるようになります。
そして大事なのが、ハイライトを塗らずに残すこと。あとから消しゴムで抜くよりも、紙の白をそのまま残したほうが澄んだ光になります。粒一つに光は二か所あると覚えておいてください。上のほうに小さく強い光、そして下の縁に細くうっすらとした反射光です。この下側の弱い光を残しておくと、粒がテーブルから浮いて見えます。
柿——ツヤは「明暗の距離」で表す
柿を丸い球だと思って描くと、なんとなく間の抜けた形になります。柿は上から見ると四つの面がある、少し角ばった立体です。この面と面の境目で、トーンがすっと切り替わります。なめらかにぼかさず、境目をわずかに残すことが柿らしさになります。
ツヤの表現にはコツがあります。光沢は、明るい部分と暗い部分が隣り合っているほど強く見えます。つまりツヤを出したければ、ぼかしすぎないことです。手順としては、芯を寝かせて実全体に薄いトーンを敷き、ティッシュか擦筆で一度だけならし、最後に練り消しの角で光の帯を細く抜きます。抜いた帯のすぐ横に中間のトーンが残っていれば、それだけでつるりと光ります。
4Bで隙間を締め、2Bで面を作り、HBで乾いた部分を描く。デッサンは一本の鉛筆で仕上げるものではなく、硬度を持ち替えながら濃淡の幅を作っていく描き方です。擦筆や練り消しが手元にあると、表現の選択肢がさらに広がります。
スケッチ鉛筆18点セット|基本画材入り|初心者のデッサン練習
5Hから14Bまでのスケッチ鉛筆14本に、練り消しゴム・ビニール消しゴム・ぼかし用のペーパーブレンディングスタンプ・鉛筆削りが加わった18点セットです。この記事で使うHB・2B・4Bはもちろん、柿の光の帯を抜く練り消しも、栗の皮をならす擦筆もそろっています。届いたその日から、果物を一つ置いて始められます。
¥1,000(税込)
商品ページを見る栗——ぼかす面と、ぼかさない面
栗は、一つの実の中に正反対の質感が同居している、ぜいたくなモチーフです。丸くふくらんだ皮はつるりと光り、下の白っぽい座の部分はざらざらしています。
この描き分けは、技法を変えるだけで解決します。光る皮は、2Bでカーブに沿って一方向にムラなく塗り、擦筆でなめらかにならします。縦に細長い光の帯を一本、塗り残しておきます。
座の部分は、逆にぼかしません。芯を寝かせて紙の上をすべらせ、紙の目のざらつきをそのまま残します。塗り込まないこと自体が質感になります。
三つを並べて——トーンを五段階に整理する
三つを一枚に描くなら、色がないぶん明暗の設計がすべてです。おすすめは、絵全体のトーンを五段階に決めてしまうこと。紙の白、明るい灰、中間の灰、暗い灰、そして黒。この五つだけで組み立てます。
最初にやるのは、いちばん黒い場所といちばん白い場所を決めることです。黒はぶどうの粒の隙間、白は柿の光の帯。この両端が決まると、あいだのすべてが測りやすくなります。
配置は横一列を避け、柿を少し奥に、ぶどうを手前の左、栗を右手前に置いて、全体が三角形におさまるようにします。トーンの割り振りは、ぶどうが全体に暗く、柿が中間、栗はその中間よりやや暗いあたり。三つが同じ濃さになると、画面がのっぺりします。
まとめ
ぶどうは隙間の黒さと塗り残したハイライト、柿は面の切り替わりとぼかしすぎない光の帯、栗はぼかす面とぼかさない面の対比。そして全体は五段階のトーンで整理する。覚えておくのはこれだけです。
- 鉛筆の使い分け — 最も暗い隙間は4B、面は2B、乾いたヘタはHB
- 光は塗らずに残す — 粒のハイライトと柿の光の帯は、紙の白のまま
- ぼかしの有無 — 光る面は擦筆でならし、ざらつく面はぼかさない
- トーンは五段階 — 白・明るい灰・中間の灰・暗い灰・黒だけで組み立てる
色鉛筆で描くときは「どの色を選ぶか」が楽しさの中心にありますが、鉛筆一本のデッサンは「どこがどれだけ明るいか」を見つける作業になります。ずいぶん地味に聞こえるかもしれません。けれど一枚描き終えたあとにもう一度果物を眺めると、これまで気づかなかった小さな反射光や、影の中のさらに暗い部分が見えるようになっているはずです。見る力が育つというのは、こういうことです。
秋の果物をソフトパステルで描く——線を使わない、粉の面で描く
色の3属性——主役が浮き上がる明度差のコツ
はじめてのソフトパステル|指でぼかして描くやさしい絵
今年の秋は、食べる前の十五分だけ、鉛筆を持ってみてください。描き終わったら、おいしくいただけるのも果物の良いところです。